改訂新版 世界大百科事典 「ヨンストン」の意味・わかりやすい解説
ヨンストン
Johannes Jonstons
生没年:1603-75
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…京都に上り医を山脇玄修(道立),儒を並河天民,本草を稲生若水に学び,幕府の国産薬種資源調査の政策を受けて1719年(享保4)江戸に出て採薬御用となり,若水門の同学丹羽正伯とともに日光ほか関東一円,さらに中部,北陸,近畿各地で採薬に従事,34年には伊豆七島にも及んで,同年宅地を江戸紀国橋の傍らに賜った。39年(元文4)御目見医師となり,翌年将軍吉宗の命で青木昆陽とともにオランダ語を学習,江戸参府の商館長,医師らに毎年接してJ.ヨンストンの動植物図譜をもとに《阿蘭陀禽獣虫魚図和解》(1741)を,またオランダの植物学者であり医者のドドネウスRembert Dodonaeus(1516‐85)の本草書をもとに《阿蘭陀本草和解》(1741‐50)を撰訳した。46年(延享3)寄合医師となり200俵を賜禄された。…
…この時期には田村藍水,平賀源内,小野蘭山,宇田川榕菴らの学者のほか,《目八譜》の武蔵石寿,《毛介綺煥(もうかいきかん)》《昆虫胥化(しよか)図》の肥後藩主細川重賢,《雲根志》の木内石亭,木村蒹葭堂(けんかどう)などのアマチュア博物学者も活躍した。 一方,17世紀からは断片的ではあるが西洋博物学の知識も入りはじめ,中でもドドネウスの《草木誌》とヨンストンの《動物図説》は当時の本草学に大きな影響を与えた。やがて,17世紀末のケンペル,18世紀後半のツンベリー,19世紀前半のシーボルトなどの来日を機に西洋博物学が本格的に紹介されるようになる。…
※「ヨンストン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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