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アリハイヤ(阿里海牙) アリハイヤArikh-khaya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アリハイヤ(阿里海牙)
アリハイヤ
Arikh-khaya

[生]太祖22(1227)
[没]至元23(1286)
中国,元の武将。阿里海涯とも書く。ウイグル族出身。諡は武定,のち改めて武宣。初め世祖フビライ・ハンの宿衛に推挙され,至元 10 (1273) 年,南宋の要衝襄陽城の守将呂文煥 (りょぶんかん) の降伏に尽力した。翌年,アジュ (阿朮) とともに宋への総攻撃を進言して採用され,南宋征討に活躍。特に湖広方面征討に将として功を立て,同 23年,光禄大夫,湖広行省左丞相に昇進。同年,同行省左丞の要束木に国家の銭穀を侵盗したと弾劾され自殺。楚国公,のちに江陵王に追封された。

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