ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウルネンフェルト文化」の意味・わかりやすい解説
ウルネンフェルト文化
ウルネンフェルトぶんか
Urnenfeld culture
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ローマに先立つヨーロッパの初期鉄器時代前半はハルシュタットHallstatt時代,後半はラ・テーヌ時代(ラ・テーヌ文化)と呼ばれる。ただし,オーストリアのザルツブルク東南東約50kmの湖岸にある,採岩塩・墓地遺跡の名にちなむハルシュタット文化は,A~D期に分けられ,ハルシュタット時代・文化はこのうちC・D期の時代・文化であり,A・B期は青銅器時代に属する。西はフランス東部から東はカルパチ盆地に至る火葬骨壺墓地(アーンフィールドurnfield,ウルネンフェルトUrnenfeld(ドイツ語))文化の人びとが,ギリシア,エトルリアなどの先進文化や乗馬の風習を積極的に採り入れて成立した。…
※「ウルネンフェルト文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...