知恵蔵の解説
高齢化に伴う課題は多く、負の側面が強調され不安感をあおる傾向もあるが、ジェロントロジーは、加齢変化を退行のプロセスとしてではなく生涯発達としてとらえ、高齢化を前向きに受け入れることを基本とする。諸能力を活用できる自由で健康な生活を送り、長寿を全うする人生設計を確立し、若年層が多数を占めることを前提にしたかつての社会制度やインフラを超高齢社会に合わせて再構成していくことがジェロントロジーの課題だ。
個人の長寿化と社会の高齢化は、それに応じた新たな価値観の創造と社会システムの構築を要求するが、これに貢献する学問がジェロントロジーである。そのため、ジェロントロジーは、医学、理工学、法学、経済学、社会学、心理学、倫理学、教育学、哲学、芸術など人類文化のあらゆる領域を網羅した集成といっても過言ではない。
欧米先進諸国では、第2次世界大戦後から高齢化社会に突入し、早くからジェロントロジーの研究が盛んに進められた。米国では現在、数百の大学や研究機関で教育・研究が行われているという。当初の研究は、老齢化による疾病や衰弱など老年医学の領域からスタートしたものが多いが、高齢社会の進展により個人的・肉体的な加齢にとどまらず、人類社会の問題として俯瞰(ふかん)的にとらえる必要性が高まってきた。国連では21世紀の高齢化社会への対応のための緊急研究領域が2002年のマドリード会議で採択された。
日本でのジェロントロジーへの取り組みは遅く、1959年に個別課題の研究を基本にする日本老年医学会と日本老年社会科学会が設立されたのが端緒である。欧米諸国に比べ日本の高齢化社会の到来は遅く、65歳以上の前期高齢者人口が全人口の1割を超えたのが80年代中頃だったということなどがその背景にある。しかしながら、その後の日本社会の高齢化の進展は急速で、団塊の世代の大半が前期高齢者となる2015年には、4人に1人が65歳以上になる。続いて、高齢者の半数以上が75歳以上の後期高齢者となる人類史上類のない超高齢社会を迎えると予測されている。このような中で、06年に学際的な老年学への対応を目指す日本応用老年学会が設立された。日本ではジェロントロジーを学部として持つ大学はまだほとんどないが、関連学部内で講座として設けられる例は増加している。東京大学では、生命保険会社など数社からの寄付講座として、06年に「ジェロントロジー寄付研究部門」が置かれ、09年には恒常的な研究・教育活動を行う組織である東京大学高齢社会総合研究機構が設置された。
中国、インドなどの新興諸国においても、加速度的な高齢化が見られるようになり、国際的、長期的視点に立った研究と実効的な対応の必要性が高まっている。
(金谷俊秀 ライター / 2010年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報