翻訳|gerontology
老年あるいは老化を共通の研究課題として、医学、生物学、心理学、および社会学あるいは社会福祉学などの各分野から老年期を多面的に解明していくとともに、老年期における多様な具体的諸問題に総合的に対処するための視点の提示を目標とする学際的な研究領域である。医学・生物学の観点からは、生命現象としての老化の本質や老化の形態学、機能的な代謝面での発現形式、あるいはまた老人性痴呆(ちほう)を代表とする精神的老化などが研究され、心理学的観点からは、老年期の知能、性格、性、死の問題などが研究課題として取り上げられる。また社会学(老年社会学)の分野においては、人口問題論的観点からの高齢化社会の位置づけ、老・中・青の世代間の社会意識、社会的評価の変化や、老年期における家族、就労、住宅、地域環境、移送体系、生きがいやクオリティ・オブ・ライフquality of life=QOL(生活の質)の問題、およびそれらの問題に対する福祉的対応の実態と方法的課題などが研究対象とされている。
老年学研究のむずかしさは、老年期を一定の年齢をもって画一的に規定することができない点にあろう。高齢者が抱える問題のうち身体的・肉体的な問題にしろ、精神的・心理的問題にしろ、また社会的・文化的問題にしろ、いずれの観点からみても個人的差異が大きいばかりでなく地域的な特異性があり画一的に論じることは困難である。また、ひと口に老年期といっても、その特性は一様ではなく、一個人に関してみても段階的に変化するというところに存在する問題もある。すなわち、研究対象の確定は理論的には可能であるにしても、現実的にはかなり不確定な部分が大きいので、理論と現実とを結び付ける対象と方法の整備が老年学の課題となっている。また医学、生物学、心理学あるいは社会学また社会福祉学などを横断する学際的研究が必要であるために、各専門分野の相互関連性が問われることになる。またさらに臨床や介護などのミクロ的視点と公衆衛生や人口、経済、法律などのマクロ的視点を統合した研究がなされなければ成果は期待されない。
いずれにしても老年学は、生理的な死に至る病理過程を研究するのみではなく、最近では、老年期は「人間の生に伴う常態」であるという認識をもとに老年学研究が展開されるようになった。平均寿命が延び、子供の出生数が減少して、人口の高齢化が一定のレベルに達し、老年期に関連する諸問題が顕在化し多様化の様相をみせ始めてから急速に発展してきているといっていい。とりわけ、人口の高齢化が速い速度で進展している日本の研究が世界をリードしていることは間違いない。今後は、日本のみならず世界中でこの領域の学問の重要性はより高まっていくであろうことは疑いを入れない。なお、老年学の国際的な学会としては国際老年学会が1950年(昭和25)に結成され、日本においては、1959年に日本老年医学会、日本老年社会科学会からなる日本老年学会が発足した。また1978年の第11回国際老年学会は、日本老年学会が主催し東京で開かれた。その後、日本老年学会には、1981年に日本基礎老化学会、1991年(平成3)に日本老年歯科医学会、1999年に日本老年精神医学会、2003年に日本ケアマネジメント学会が加盟し、現在日本老年学会は計六つの独立した学会から構成されている。
[那須宗一・吉川武彦]
『橘覚勝著『老年学――その問題と考察』(1971・誠信書房)』▽『長谷川和夫・那須宗一編『Handbook老年学』(1975・岩崎学術出版社)』▽『太田邦夫・三浦義彰・江上信雄編『老年学』(1976・朝倉書店)』▽『湯沢雍彦編『老年学入門』(1978・有斐閣)』▽『古瀬徹著『創造的な長寿社会への道――政策老年学からの提案』(1986・中央法規出版)』▽『ジャック・ボトウィニク著、村山冴子他訳『老いの科学』(1987・ミネルヴァ書房)』▽『一番ケ瀬康子・入来正躬・亀山正邦・長谷川和夫編『老年学事典』(1989・ミネルヴァ書房)』▽『森幹郎著『老いとは何か――老い観の再発見』(1989・ミネルヴァ書房)』▽『水野肇著『40歳からの新老年学Q・O・L時代の生き方』(1992・労働旬報社)』▽『柴田博・芳賀博・長田久雄・古谷野亘編著『老年学入門――学際的アプローチ』(1993・川島書店)』▽『I・ステュアート・ハミルトン著、石丸正訳『老いの心理学――満ちたりた老年期のために』(1995・岩崎学術出版社)』▽『関口礼子編『高齢化社会への意識改革――老年学入門』(1996・勁草書房)』▽『下仲順子編『老年心理学』(1997・培風館)』▽『田中耕太郎・辻彼南雄編『老年学入門――これからの高齢者ケアのために』(1997・日本評論社)』▽『北徹監修、村上元庸編『老年学大事典』(1998・西村書店)』▽『折茂肇・吉川政己・今堀和友・原沢道美・前田大作編『新老年学』第2版(1999・東京大学出版会)』▽『堀薫夫著『教育老年学の構想――エイジングと生涯学習』(1999・学文社)』▽『大内尉義著『標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野 老年学』(2001・医学書院)』▽『冷水豊編著『老いと社会――制度・臨床への老年学的アプローチ』(2002・有斐閣)』▽『ロイ・J・シェパード著、柴田博・新開省二・青柳幸利監訳『シェパード老年学――加齢、身体活動、健康』(2005・大修館書店)』▽『飯島節・鳥羽研二編『老年学テキスト』(2006・南江堂)』▽『柴田博・長田久雄・杉澤秀博編『老年学要論――老いを理解する』(2007・建帛社)』▽『井口昭久編『これからの老年学――サイエンスから介護まで』第2版(2008・名古屋大学出版会)』▽『古谷野亘・安藤孝敏編著『改訂・新社会老年学――シニアライフのゆくえ』第2版(2008・ワールドプランニング)』
老年に関する科学としての老年学(ジェロントロジー)ということばは,1944年にアメリカにおいて老年学会Gerontological Societyが結成され,その機関誌《老年学雑誌Journal of Gerontology》が刊行されたことから一般化したものである。老年についての科学的研究は,生物学や臨床医学を基礎とする老年医学から出発しているが,しだいに心理学や社会科学を含めた総合的研究へと進むとともに,老年期それ自体の研究から,むしろ加齢老化agingの研究へと発展してきている。老年学はこの加齢老化の概念とともに成立したといってよいであろう。
加齢老化の本質が基礎医学や生物学の面から微視的に解明されてくる一方で,その社会科学的側面の巨視的な解明がなされなければならないという立場から,1960年ころには社会老年学social gerontologyが提唱され,老年学は,老年医学と老年社会科学という二大分野を総合する学問としての性格を強めている。
日本では,1959年に第1回日本老年学会総会が開催されて以降,隔年に総会が開催されている。また日本老年学会は,1950年に結成された国際老年学会にも,60年の第5回総会に初参加して以来,積極的にかかわりをもち,78年の第11回総会は日本で開催するに至っている。
日本におけるその後の老年学研究は,老年医学の分野においては,老年内科学や老年精神医学などへの分化と臨床領域でのそれらの統合的応用,医学の進歩に伴う終末期医療のありかたに関心が向けられ,老年社会科学の分野では,国内外の研究の蓄積を背景とする地域比較研究や高齢者福祉の展開に伴う政策研究が活発化している。
日本の老年学の研究機関としては,1972年に創設された東京都老人総合研究所が長い実績をもち,国際的にも知られている。また,国レベルでは長寿科学研究所(名古屋市),長寿医療研究センター(愛知県大府市)などで研究がすすめられている。しかし,大学併設の研究機関が存在しておらず,老年学を正規の専攻・コースとして設けている高等教育機関もないなど,老年学はアカデミズムにおいて確たる位置を得ているとはいえず,課題の大きさに比して,専門的に研究・教育に携わる人材は決して多いとはいえないのが現状である。
なお,老年学に対しては,老年期を衰退というネガティブな側面ばかりでなく,完熟というポジティブな側面をとらえるという,老年観そのものにかかわる課題への取組みが期待されている。また,老化から終末に至る過程をとらえるうえで,宗教や哲学とのかかわりを避けることができないという性格をもっていることから,そのことをめぐっても今後さらに新しい展開がみられるであろう。
→老人医療
執筆者:庄司 洋子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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