老年期(読み)ろうねんき(英語表記)senescence

  • old age
  • ろうねんき ラウネン‥
  • ろうねんき〔ラウネン〕

翻訳|senescence

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

WHO (世界保健機関) では,45歳以上を初老期 (または向老期。女性の場合は更年期) ,65歳以上を老年期 (または高齢期) としているが,身体的,精神的な老化の進み方は個人差が著しい。一般に,環境変化に対する適応性が減り,情緒的不安定,記憶力減退,知的機能の低下が生じ,周囲への好奇心が減少して,自己中心的な傾向が強くなる。

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大辞林 第三版の解説

年をとって、肉体的・精神的な衰えが種々な形であらわれる時期。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

学術用語として厳密に定義されているわけではないが、おおむね60歳以降、ときによって70歳以降の代をいう。しかし、夏目漱石(そうせき)はかつて50歳を過ぎてすでに自らを老人と称し、S・フロイトも同様な感想を残している。老年期の観念は時代により社会によって異なるので、絶対的に定められるものではない。現代のように寿命が延びそれに応じて社会的活動期間も長くなれば、老年期も当然、より後の年代に移されていく。また、諸種の身体的・精神的機能はすべて一律に衰えていくわけではない。たとえば、話しことばの獲得能力はほぼ4、5歳で頂点に達し、12、13歳以降は急速に衰えていくと考えられている。一方、十分に習熟した能力、たとえば画家としての才能などはかならずしも年齢によって左右されない。また、就学期間が長いほど、加齢による知能の低下度は小さい。このように、機能や到達度によってその絶頂期や衰退期の差は大きい。また、同一機能の頂点や老衰の年齢にも個人ごとに差がある。このようなさまざまの差異を考慮に入れると、老年期の定義はさらにむずかしくなる。[藤永 保]

老年期の役割と生きがいの自覚

このような個人差に拍車をかけるものとして、老人の役割あるいは生きがいの問題がある。1960~1970年代のアメリカにおける研究によると、老人ホームにあって十分な世話を受けている老人に対し、画一的生活を強要するのをやめて、自分の選択を許し、社会的事項についての責任をもたせると、活気を回復し死亡率も低下するなどの顕著な変化が認められた。また、日本における試みでも、老年期における算数の再学習が、いわゆるボケ防止に効果が大きいことがみいだされている。配偶者を失った高齢者は急速に衰えていくことが多い。生きがい感や有能感の喪失は、物質的貧困と並んで老年期の心身の健康に影響するところが大きいといえる。
 しかし、以上を考慮しても、なおかつ加齢とともに心身諸機能の衰退はある程度避けられず、これに伴って苦痛、猜疑(さいぎ)、悲哀などの感情が迫ってくるのもやむをえない。初老期以降、老人性うつ病の比率が増し、とくに責任感の強いストレス過剰型のタイプの人に危険が大きい。このことは、自らの衰えを自覚すると、責任感の強い人ほど無力感や自尊心の障害に悩むことをよく示している。自己の状態に相応した適切な能力の発揮と自己充足感は、老年期には生きがいの源泉としてとくに重要である。かつての多世代同居家族の時代には、親類縁者との対人関係や交際行事も多く、また地域社会の伝統的習俗や暗黙の規範の習得などにも煩瑣(はんさ)なものがあり、これらについての老人の社会的知識は貴重であった。さらに、家族内でも、家業についての技能の伝達や子育ての知恵など、老人の体験や能力が尊重されていた。しかし、現在の核家族のもとではこのような状況はほぼ失われ、老人は「役割を失った人」とよばれる。このような現状が老衰を加速することを、老人の周りの人々もよく認識して、衣食住の世話以外にも老人の適切な処遇と環境整備に配慮しなければならない。社会的支援の態勢整備も望まれる。とくに日本の現状では、この必要は大きい。[藤永 保]
『一番ケ瀬康子他編『老年学事典』(1989・ミネルヴァ書房) ▽柴田博他編著『老年学入門――学際的アプローチ』(1993・川島書店) ▽佐藤隆二他編『人間の発達と臨床心理学6 老年期の臨床心理学』(1994・駿河台出版社) ▽氏原寛・山中康裕編『老年期のこころ――男の本音 女の真実』(1994・ミネルヴァ書房) ▽岡本祐子著『中年からのアイデンティティ発達の心理学――成人期・老年期の心の発達と共に生きることの意味』(1997・ナカニシヤ出版) ▽下仲順子編『現代心理学シリーズ4 老年心理学』(1997・培風館) ▽エリク・H・エリクソン他著、朝長正徳・朝長梨枝子訳『老年期――生き生きしたかかわりあい』新装版(1997・みすず書房) ▽I・ロソー著、嵯峨座晴夫監訳『高齢者の社会学』新装版(1998・早稲田大学出版部) ▽三浦規他監修『老年期のケア』(1998・インターメディカ) ▽今田寛・八木昭宏監修、山本利和編『現代心理学シリーズ7 発達心理学』(1999・培風館) ▽折茂肇他編『新老年学』(1999・東京大学出版会) ▽藤村邦博他編著『青年期以降の発達心理学――自分らしく生き、老いるために』(2000・北大路書房) ▽染谷俶子編『老いと家族――変貌する高齢者と家族』(2000・ミネルヴァ書房) ▽E・H・エリクソン、J・M・エリクソン著、村瀬孝雄・近藤邦夫訳『ライフサイクル、その完結』増補版(2001・みすず書房)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 壮年期の後の時期。精神的および身体的に、環境の変化に適応する能力の減退する時期。開始の年齢は一定していない。一般に感情の不安定、記憶力の減退、知能水準の低下がみられ、自己中心的となり、興味の範囲がせばまる。
※村の家(1935)〈中野重治〉「前半生の希望が後半生へ来て順々にこわされて行ったこと、その崩壊が老年期━老衰期にはいってテンポを高めたことを感じた」

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最新 心理学事典の解説

成人期につづく,人生最後の時期。老年期の心理学は老年学gerontologyに影響されて始まったといってよい。老年学は,高齢者という特定の母集団を研究対象にし,エイジングaging(加齢)に伴う諸機能の低下――いわゆる老化を主要な研究テーマとした。その背景にある発達の考え方は,子どもから青年期は成長(生理学的・心理学的諸機能の獲得や増加)の時期,成人期はそれらが安定して推移する時期であり,老年期は成人期と比較的はっきり区別できる衰退・喪失の時期であるというものであった。しかし20世紀後半に,欧米を中心に各種のテクノロジーが急速に発達し,産業構造や社会のあり方が大きく変化した。人びとは新たな変化に対応しつづけなくてはならず,成人期はもはや安定した時期とはいえなくなった。また,環境変化にいかに適応するかによって個人差が拡大することも,加齢に伴う変化の重要な特徴として認識された。現在では,エイジング(加齢)とは老化や喪失のみを意味するわけではなく,また老年期という特定の時期に結びついたものではないとされる。加齢は生涯発達life-span developmentの視点からとらえるべきであり,生涯発達の理論は加齢に伴う行動の変化と,変化の個人間の差異を記述し説明するというのが,今日の一般的な考え方である。そのような新しい発達の考え方を,バルテスBaltes,P.B.が生涯発達心理学として定式化し実証的研究を進めた。老年期についての知見は以下の3点にまとめられる。

1.生涯にわたる発達は社会歴史的文脈に埋め込まれたものである(文脈主義)。個人の発達・加齢にアプローチする際には,どのような時代や環境に生まれ成長し歳を取ったのかという同世代集団を指すコーホートcohortの概念が必須である。具体的な研究成果としては,老年期の知能検査得点が20世紀後半に大きく伸び,後に生まれたコーホートほど得点が高いことが,シャイエSchaie,K.W.のシアトル縦断研究(1996,2005)などによって示された。横断的方法によって得られるデータでは,高齢者は概して知能が低いという結果になるが,そのかなりの部分はコーホート効果によって説明される。すなわち高齢者の得点が低いのは,歳を取っているからという理由のほかに,より以前に生まれ育ったために社会文化的発展の恩恵に浴した度合いが若いコーホートほど高くないという理由を無視できないのである。

2.発達・加齢は社会文化的環境との相互作用によって進むのであり,老年期においても環境から学習する可能性(可塑性plasticity)がある。60~70歳代の高齢者を対象にした認知能力の訓練研究は,学習可能性や能力低下からの回復力が老年期にも保持されていることを示した。一方,訓練を長期にわたって実施し潜在能力の限界まで引き出す限界テストという方法によって訓練の効果を若者と比較すると,パフォーマンスの差が拡大すること,すなわち可塑性そのものは加齢とともに小さくなることが明らかになった。また,平均寿命の伸びに伴い,かつて老年学が問題にした老年期特有の機能低下はより高齢にならないと顕著には見られないことから,80歳代以降を対象としたフォースエイジthe fourth age研究が加齢研究の新しい領域となっている。

3.環境とどのような相互作用をするかによって,加齢とともに個人差が拡大する。生涯発達的な視点から知恵wisdomが注目され,実証的研究が盛んになった。バルテスら(2000)は知恵を実践的知能practical intelligenceの一つとしてとらえ,人生に関する複雑な問題を解決する能力と定義した。そして歳を取りさえすればだれもが優れた知恵をもつわけではなく,他者の意見を取り入れるなどしたうえで内省reflectionをすることが知恵の獲得に結びつくことを示した。また,自分が生きた人生をよりよく意味づけ自我統合を果たすことも知恵の重要な部分であるが,意味づけに際しても,人生をどれだけ内省的に回顧するかが個人差をもたらすことが示されている。

【ライフコース研究とサクセスフル・エイジング】 心理学が加齢変化の個人差に注目するようになったことと並行して,社会学でライフコースlife courseの研究が始まり,医学や生理学ではサクセスフル・エイジングの考え方が取られるようになった。ライフコース研究では,個人の加齢は年齢規範を構成する社会的なタイムテーブル上の移動として定義される。人生移行life transitionsは,外的な諸条件の制約の中で個人が主体として選択するものである。ただし規範的なスケジュールに比べて移行が早すぎたり遅すぎたりするとストレスがかかる。また,年齢規範は時代とともに変化する(たとえば結婚の適齢期)とする点は,上述の文脈主義と共通する。加齢に関する医学や生物学の伝統的な概念に,内生的endogenousな過程と外生的exogenousな過程がある。前者は,生体内の各組織の細胞に時間の経過とともに有害な変化が蓄積されることであり,後者は,外的な環境に由来する病気や事故などによってダメージが蓄積することである。これらの考え方は,時間に伴って生存の可能性が低下していくことに焦点化するが,近年それに加えて,疾病や機能不全が表面化していない健康な人の間でも大きな個人差があることが注目された。個人が節制や運動など,生活スタイルをコントロールすることで加齢変化を制御できると考えられるようになり,サクセスフル・エイジングsuccessful agingとよばれる。

 ライフコース研究もサクセスフル・エイジングも,加齢のプロセスは主体が制御し得るという考え方に立つものであり,可塑性を発達の基本的性質とする生涯発達心理学に取り入れられた。バルテスら(2002)は,心理学的なサクセスフル・エイジングを説明するSOC理論SOC theoryを提唱した。選択S(selection)は,利用可能な時間や能力などの資源が有限であることを自覚し,それを振り当てる対象や分野を選択することである。最適化O(optimization)は,選択した領域に資源を配分して機能の維持や向上を図ることである。補償C(compensation)は,資源の減少に対処するために,従来とは異なるやり方を工夫することである。日常生活でSOCの得点が高いことは,サクセスフル・エイジングの指標である幸福感や自律性などと結びついていることが示された。加齢による変化は,歳を取ることによる喪失や機能低下を予期しての,主体的な選択と対処の結果であるというのがSOC理論の考え方である。加齢変化を主体的制御としてとらえた一つの研究成果が,老年期の社会的交わりの縮小に関するカールステンセンCarstensen,L.L.ら(1999)の研究である。歳を取るにつれて周囲の人間とのつきあいが一般に縮小する。従来の理論では,その原因は病気がちになったり他者と接するエネルギーが減少したりといった広い意味での喪失によるとされたが,カールステンセンらは,人間関係が縮小するのはつきあう相手やつきあい方を積極的に選択することの現われであることを示した。歳を取るにつれ,親しく心を通わせ合える人との交わりを中心にすることで感情生活を充実させ,感情制御を発達させていることが明らかになった。加齢を見越した主体的な選択による変化の実証例といえる。

 以上のように,老年期の認知能力がかつてより向上し,かつ可塑性を有していることが明らかになった今日,エイジズムageismの弊害がより顕著になっているといえよう。エイジズムとは個人の実際のパフォーマンスを見て評価するのでなく,年齢だけを基準にして高齢者は能力が低下していると決めつける見方である。そのような誤った見方を覆すには,生涯発達の視点から科学的な証拠を,さらに積み重ねる必要がある。 →エイジング →成人期 →発達段階
〔鈴木 忠〕

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