テルアビブ事件(読み)テルアビブじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「テルアビブ事件」の意味・わかりやすい解説

テルアビブ事件
テルアビブじけん

日本の赤軍派によるイスラエル,テルアビブ国際空港での乱射事件。奥平剛士,安田安之,岡本公三の3人は 1972年5月 30日午後 10時 30分,日本時間同 31日午前5時 30分にフランス航空機でテルアビブ国際空港に到着直後,ソ連製自動小銃と手投げ弾で約 300人の到着客に乱射,イスラエルの科学者ワイズマン研究所アハロン・カツィール教授ら 24人を殺害した。京都大学工学部学生奥平,安田の2人は自爆で死亡,生き残った鹿児島大学生岡本は現場で逮捕された。日本政府はイスラエルに福永健司特派大使を派遣,同大使は 1972年6月4日,エルサレム首相官邸にメイヤー首相を訪問,佐藤首相の親書を手渡して遺憾の意を伝えた。一方パレスチナ解放人民戦線 PFLPは同年5月 30日「今回の乱射事件はわれわれの革命が無限の闘争であることの証明である」との趣旨声明を発表して乱射事件を支持した。

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