コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

バイバルス[1世] Baybars I

1件 の用語解説(バイバルス[1世]の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

バイバルス[1世]【Baybars I】

1228ころ‐77
マムルーク朝の第5代スルタン。在位1260‐77年。キプチャク生れのトルコ人で,モンゴル軍の捕虜となってシリアへ売られ,次いでアイユーブ朝のスルタン,サーリフマムルーク(奴隷軍人)となり,1250年マンスーラの戦ルイ9世を捕虜にしてから頭角を現した。60年にアイン・ジャールートの戦でモンゴル軍を撃退した後,マムルーク朝スルタン,クトゥズを殺して自らスルタンとなり,アッバース朝カリフの擁立に続いてスンナ派四法学派を公認,さらにバリード網を整備してマムルーク朝国家の基礎を確立した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のバイバルス[1世]の言及

【駅伝制】より

…アイユーブ朝にも整備された駅伝制はなく,かつてのバリードが再建されるのは,エジプト・シリアにマムルークの政権が樹立される13世紀半ば以後のことである。マムルーク朝の第5代スルタン,バイバルス1世(在位1260‐77)は,十字軍やモンゴル軍の動静を探るために,アッバース朝とモンゴルの駅伝制(ジャムチ)の伝統をとり入れて新たなバリードを組織した。最初のバリードはカイロ~ダマスクス間に設置されたが,やがてエジプト国内やシリアの北部および海岸地帯へも順次拡大していった。…

【エジプト】より

…第7代スルタン,サーリフ(在位1240‐49)は強力なマムルーク軍団を編制して君主権の強化を図ったが,やがてこれらのマムルークはクーデタを起こしてマムルーク朝(1250‐1517)を樹立した。アイン・ジャールートの戦(1260)でモンゴル軍のエジプト侵入を阻止した第5代スルタン,バイバルス(在位1260‐77)は,シリアに残存する十字軍勢力と戦う一方,アッバース家のカリフをカイロに擁立(1261)して,イスラム世界におけるマムルーク朝の威信を高めた。アミールやマムルーク騎士にはアイユーブ朝時代と同様にイクターが与えられ,その支配の下で稲やサトウキビの栽培はさらに発展し,カーリミー商人や奴隷商人が,インド洋・地中海貿易で活躍する基礎が固められていった。…

【マムルーク朝】より

アイユーブ朝の奴隷軍団であったバフリー・マムルーク軍は,1250年クーデタを起こして新王朝を樹立し,宮廷女奴隷出身のシャジャル・アッドゥッルを初代スルタンに推戴した。第2代スルタンのアイバクはシリアに残存するアイユーブ朝勢力をたたき,上エジプトのアラブの反乱を鎮圧したが,王朝の基礎を固めたのは第5代スルタンのバイバルス1世であった。彼はアッバース朝カリフの擁立やバリード(駅逓)網の整備によって国内体制の強化に努め,外に対してはシリアに残存する十字軍勢力と戦う一方,キプチャク・ハーン国と結んでイル・ハーン国の西進を阻止,またヌビアにも遠征して西アジアにマムルーク朝の覇権を確立した。…

※「バイバルス[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

バイバルス[1世]の関連キーワードカムループスセルジューク朝バイバルスマムルークマムルーク朝マリクシャースリュムルツグルク朝ホームルーム活動アナバルザ

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone