バルカン連邦(読み)ばるかんれんぽう

世界大百科事典内のバルカン連邦の言及

【東欧】より

…バルカンでは,オスマン帝国の支配に対する知識人や農民の民族解放運動が19世紀初めから展開されるが,1870年代までにはほぼ諸民族の独立が達成され,その中で農民による土地所有も成立した。こうした過程で注目すべきは,一つにはブルジョア的変革を貴族や知識人や農民が担わなければならなかったことであるが,もう一つは,1860年代の東欧一般において,ナショナリズムは必ずしも民族国家の形成を単線的にはめざしていなかったことで,連邦制(ドナウ連邦やバルカン連邦)や国家連合などで,多民族的現実に対応しようとしていたことである。しかしこの動きはオーストリア・ハンガリー二重帝国の成立(アウスグライヒ,1867)やドイツ統一(1871)後のバルカンではしだいに弱まり,東中欧でもしだいに限定されていく。…

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出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報