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ヘルバルト学派 ヘルバルトがくはHerbartianische Schule

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘルバルト学派
ヘルバルトがくは
Herbartianische Schule

J.ヘルバルトの教育学説を継承し発展させた教育学者の総称。ドイツのバイツ,T.ツィラー,W.ライン,K.V.シュトイらのほか,イギリスのフェルキン,アダムス,フランスの J.G.コンペレー,アメリカの C.ド・ガーモ,マクマリー兄弟らが特に有名。これらヘルバルトの祖述者は,ヘルバルトの一般理論を学校教育の実践に有効な実際的理論への具体化に尽力した。特にツィラー,ラインの段階説は 19世紀後半のドイツ公教育の教授理論として普及した。ヘルバルトおよびヘルバルト派教育学は,1889年に東京帝国大学に設けられた特約生教育学科におけるハウスクネヒトの指導を通じて,日本に伝えられ,その指導を受けた谷本富,湯原元一,大瀬甚太郎らによって継承され,著書や教授活動を通じて現場に広く浸透した。

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世界大百科事典内のヘルバルト学派の言及

【教育学】より

…ヘルバルトの影響により教育学は第1に規範の学としての性格をもち,第2に教授技術についての知識の組織化としての性格をもって成立すると考えられるようになった。彼の後継者たちは19世紀中葉からヘルバルト学派を形成し,教授方法,教育管理などの研究をすすめ,1880年代末(明治20年代前半)から十数年間,日本の教育にも強い影響をあたえた。
【科学としての教育学】
 このように教育学(ペダゴジー)は発展してきたが,社会科学の一つとしての教育科学という自覚が起こってきたのは遅れ,19世紀から20世紀にかけてである。…

【ヘルバルト】より

…そして単に教授一般というものはなく,教育するところの教授,つまり〈教育的教授〉だけが真の教授であると唱えた。 彼の学説はツィラーT.ZillerやラインW.Reinらを代表とするヘルバルト学派の人々によって継承され,ドイツにおける国家公認の教授理論として定着していくが,その過程で五段教授法(予備,提示,比較,総括,応用)に象徴される形式化が進行した。この学派の理論的業績としては〈中心統合法〉や〈開化史的発展段階説〉などが知られているが,これらの学説は19世紀末にアメリカに導入され大きな影響を及ぼした。…

※「ヘルバルト学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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