ボイスラフ コシュトニツァ(英語表記)Vojislav Koštunica

現代外国人名録2012の解説

ボイスラフ コシュトニツァ
Vojislav Koštunica


国籍
セルビア

専門
政治家;憲法学者

肩書
セルビア民主党(DSS)党首 ユーゴスラビア連邦大統領;セルビア首相

生年月日
1944/3/24

出生地
ユーゴスラビア・セルビア共和国ベオグラード

学歴
ベオグラード大学法科大学院修了

学位
法学博士

経歴
社会主義政権下の旧ユーゴで法学者を志し、憲法を学ぶ。ベオグラード大学法科大学院助教授となるが、チトー政権末期の1974年、戦後4度目の憲法改正に反対したため大学を追われる。ベオグラード社会科学研究所勤務、法律雑誌の編集長などを務める。その後、人権擁護活動に取り組むが、東欧諸国が激動に揺れた’89年、野党・ユーゴスラビア民主党創設に参加。’92年離党し、新たにセルビア民主党を旗揚げして党首。この間、’90年にセルビア共和国議会選挙に初当選、’93年再選。2000年9月長年に渡るミロシェビッチ大統領の独裁政権に反旗を翻し、野党連合の統一候補として大統領選に出馬。大統領と一騎打ちの末、得票数を上回るが、過半数に達していないとして大統領側が決選投票実施を主張。それに反発した民衆が蜂起し政権が崩壊、同年10月ユーゴスラビア連邦大統領就任を宣言する。同年12月セルビア議会選で野党連合が全議席の3分2以上を占め大勝利を収める。2003年2月ユーゴスラビア連邦が消滅し、連合国家のセルビア・モンテネグロが発足。2004年3月セルビア共和国首相に就任。2006年6月モンテネグロの独立で現セルビア首相に。2007年5月再任。2008年3月コソボ独立をめぐる連立政権内の対立により政府が機能しなくなったとして、辞意を表明。5月の総選挙で議席を減らし、退任。“反共闘士”の顔と反米色の強い民族主義者の顔を持つ。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

367日誕生日大事典の解説

ボイスラフ コシュトニツァ

生年月日:1944年3月24日
セルビア・モンテネグロの政治家;憲法学者

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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