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ユーリー・ドルゴルーキー Yurii Dolgorukii

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世界大百科事典 第2版の解説

ユーリー・ドルゴルーキー【Yurii Dolgorukii】

?‐1157
古代ロシアの公。キエフ大公ウラジーミル・モノマフの息子で,1125年ロストフスーズダリ公となった。モスクワを建設するなどロストフ・スーズダリ公国の基礎を築き,その強化を図ると同時に,その異名〈ドルゴルーキー(長い手)〉にうかがえるように,キエフペレヤスラブリ(現,ペレヤスラフフメリニツキー)の領有を目指すだけでなく,ノブゴロドをはじめとする諸都市での影響力の確立も図った。1155年再度キエフ領有に成功したが,57年毒殺された。

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世界大百科事典内のユーリー・ドルゴルーキーの言及

【ウラジーミル大公国】より

… ウラジーミル大公国は,当初,古くからの都市ロストフとスーズダリを中心に発展したので,ロストフ・スーズダリ公国と呼ばれていた。その基礎を築いたのはウラジーミル・モノマフの息子ユーリー・ドルゴルーキー(?‐1157)で,ユーリーの息子アンドレイ・ボゴリュプスキーがこの公国をいっそう強化した。アンドレイの時,首都がウラジーミル市に移され,公の権力強化が図られた。…

【モスクワ】より

…文献史料には1147年に初めて登場する。当時この地を領していたユーリー・ドルゴルーキーの銅像が市ソビエトの庁舎に向かい合ってゴーリキー通りに立っている。モスクワ川に北からネグリンナヤ川が合流する地点の東寄りの小丘陵に56年ユーリーによって木柵と堀をめぐらした砦がつくられた。…

※「ユーリー・ドルゴルーキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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