ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム(読み)ろさんぜるすえんぜるすおぶあなはいむ(英語表記)Los Angeles Angels of Anaheim

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム
ろさんぜるすえんぜるすおぶあなはいむ
Los Angeles Angels of Anaheim

アメリカのプロ野球球団。アメリカン・リーグ所属(西地区)。フランチャイズをカリフォルニア州アナハイムに置き、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムを本拠地としている。球団名の変遷は、ロサンゼルス・エンゼルス(1961年)―カリフォルニア・エンゼルス(1965年)―アナハイム・エンゼルス(1997年)―ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム(2005年)。
 アメリカン・リーグの球団数拡張が行われた1961年に新球団として誕生。1965年からはフランチャイズ名を州名に改めた。当初は優勝争いに食い込めないうえに球場もロサンゼルス・ドジャースのドジャー・スタジアムなどを間借りしていたが、1966年に現本拠地がアナハイム・スタジアムの名称で開場。1969年に両リーグ2地区制が導入されると西地区に配属され、72年にはニューヨーク・メッツから5714奪三振の通算最多記録保持者ノーラン・ライアンを補強。快速球から「カリフォルニア・エクスプレス」とよばれ、看板スターとして人気を集めた。そのライアンが在籍した最後の年となった1979年に球団史上初の地区優勝。人気と実力を兼ね備えた強打者レジー・ジャクソンを獲得した1982年に2回目の優勝。さらに、ジャクソンの在籍最終年となった1986年にも地区優勝した。しかしいずれの年も、プレーオフで敗退し、リーグ優勝はならなかった。両リーグ3地区制が導入された1994年からも西地区所属。1997年からウォルト・ディズニー・カンパニーが経営に参画し、球団名を改称。翌98年には球場もリニューアルして名称をエディソン・インターナショナル・フィールド・オブ・アナハイムと改称した。2000年にマイク・ソーシアが監督に就任。生え抜き選手を軸にして巧みにチームをまとめ、2002年リーグ優勝し、サンフランシスコ・ジャイアンツとのワールド・シリーズも最終第7戦を制して、初の「世界一」となった。2003年5月には、ディズニー社が球団経営から撤退し、アルトゥロ・モレノが新オーナーに就任。大リーグ史上初のヒスパニック系オーナーが誕生した。球場名を現名称に変更した2004年に4回目の優勝をしたが、ディビジョン・シリーズで敗退。球団名を変更した2005年はリーグ・チャンピオンシップ・シリーズで敗退となった。なお、1997年から2001年まで長谷川滋利(しげとし)が所属、貴重な中継ぎ・抑え投手としてプレーした。[山下 健]

2006年以降

2006年は2位に終わったが、翌07年は打線の主軸ウラジミール・ゲレーロなどの活躍で6回目の地区優勝。しかし、ディビジョン・シリーズで敗退した。
 1961年から2007年までの通算成績は、3690勝3794敗、地区優勝6回、リーグ優勝1回、ワールド・シリーズ優勝1回。[編集部]

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デジタル大辞泉プラスの解説

ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム

《Los Angeles Angels of Anaheim》MLB(メジャーリーグ・ベースボール)加盟のプロ野球チーム。略称はLAA。アメリカンリーグ西地区に所属。創設年は1961年。本拠地はアメリカ、カリフォルニア州アナハイム、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム。チーム名はロサンゼルス・エンゼルス(1961~1965)、カリフォルニア・エンゼルス(1966~1996)、アナハイム・エンゼルス(1997~2004)と変遷。2002年のワールドシリーズ初制覇の際には、日本人選手、新庄剛志が在籍していた。

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