一万田城跡(読み)いちまんだじようあと

日本歴史地名大系 「一万田城跡」の解説

一万田城跡
いちまんだじようあと

[現在地名]朝地町市万田

平井ひらい川と酒井寺さかいじ川の合流点西方にある。「豊後国志」には別名小牟礼こむれ城とあり、堅固の土地で、一万田三河守宗慶入道が拠っていたが、豊薩合戦の際薩摩軍に降ったとある。また鳥屋とや城は当城支堡であるとも記している。「薩藩旧記雑録」島津義久譜の天正一四年(一五八六)一二月二二日条に「一万田・滑・滝田城皆以陥焉」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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