一名代村(読み)ていんなすむら

日本歴史地名大系 「一名代村」の解説

一名代村
ていんなすむら

[現在地名]大宜味村謝名城(じやなぐすく)

東シナ海に突き出た作場(さば)岬の付根近く、大川川(ウッカーガー)の流域に立地した小集落で、西は喜如嘉(きじやは)村。ティンナスとよぶ。絵図郷村帳・琉球国高究帳に村名はみえず、「琉球国由来記」にも出てこないが、里積記には一名代村が記されている。大宜味(いぎみ)間切に所属。「琉球評定所僉議」康熙二九年(一六九〇)の項によると、頭数(当時の全人口を示すかは未詳)は六六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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