七分積金(読み)しちぶつみきん

百科事典マイペディアの解説

七分積金【しちぶつみきん】

寛政(かんせい)改革で,江戸町方を対象にとられた都市政策天明(てんめい)の飢饉により江戸町方全域に打毀(うちこわし)が発生したことなどから,幕府は1791年都市窮民の救済策として七分積金令を発布。江戸の町入用を節減し,節減額の7割を町会所(囲籾蔵も付属)に積立て,御救いとして低利で窮民に貸し付けた。以降幕末まで継続され,残された囲籾・積金は1868年,東京市に移管,利用された。
→関連項目町会所

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

七分積金
しちぶつみきん

江戸後期,寛政改革一環として老中松平定信が実施した政策
1791年定信は,江戸の町人が負担した町入用の倹約を命じ,倹約分の2分を町人に,1分を各町で積み立て,残りの7分を毎年江戸町会所に積み立てさせ,幕府も2万両を補助して,窮民救済・不時の災害にあてさせた。この政策は定信失脚後も受け継がれ,明治維新後東京府庁・市役所建築などの資金となった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

しちぶ‐つみきん【七分積金】

〘名〙 江戸時代、寛政三年(一七九一)、老中松平定信の発議ではじめられた江戸市中の備荒貯蓄。市中町入用を四年間節約して金四万両つくり、その二分を地主徳分とし、一分を町内に積置き、残り七分を江戸町会所に積立て、利殖運用した。七分金積立。
※随筆・守貞漫稿(1837‐53)七「今世江戸の市中七歩積金とて年々官に納めて糶倉と云官倉府に集める物左の田のもし古の貸税也」

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世界大百科事典 第2版の解説

しちぶつみきん【七分積金】

寛政改革の中で,江戸町方を対象として始められた都市政策。1791年(寛政3)12月,松平定信らを中心とする幕閣は,町奉行所を通じて江戸の名主地主家守やもり)にあてた長文町触で,江戸町方支配の大改革を行うを告げた。これが,町法改正,七分積金令と呼ばれるもので,以後幕末・維新期まで江戸の都市政策の根幹をなした。 幕府はこれに先だって,江戸の各町に1785年(天明5)から5年間の地代店賃(たなちん)上り高,町入用(ちよういりよう),地主収入等を書上げさせた。

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世界大百科事典内の七分積金の言及

【寛政改革】より

…具体的には,天明年間に高揚した都市打毀(うちこわし)の再発防止であり,打毀の主体勢力の温床となっている江戸下層社会への対策である。旧里帰農奨励令,物価引下げ令,石川島人足寄場の設置,七分積金令などは,その代表的な政策であった。しかも旧里帰農奨励令にみられるごとく,この期の都市政策は農村政策と密接に関係していた。…

※「七分積金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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