三倉堂村(読み)みくらどうむら

日本歴史地名大系 「三倉堂村」の解説

三倉堂村
みくらどうむら

[現在地名]大和高田市片塩(かたしお)町・西三倉堂一丁目・中三倉堂一丁目・同二丁目・東三倉堂町の全域、および永和(えいわ)町・北片塩(きたかたしお)町・旭北(あさひきた)町・旭南町・礒野南(いそのみなみ)町・西三倉堂二丁目・中今里(なかいまざと)町・南今里町の一部

中(なか)村の東、伊勢街道(横大路)の街村。西大寺田園目録に「葛下郡廿六条三里卅五坪一段(中略)字御蔵戸(中略)文永十一年甲戌四月八日、尼慈念、正月十八日羅漢供料寄進之」とある。御庫部と同義、古代職業部関係の地名か。当村には雛倉(ひなくら)・大三倉堂(おおみくらどう)・南三倉堂・北大殿(きたおおとの)などの小字が残っている。安寧天皇片塩浮孔(かたしおうきあな)宮推定地で、明治二一年(一八八八)新村名制定の際の浮孔村はこれによったもの。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報