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改易 かいえき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

改易
かいえき

もと律令制で,官職を解いて他の者に任命する手続。のち,制裁の意味で荘官職や地頭職の没収をも意味するようになり,江戸時代には,大名の領地を没収し身分を奪う刑罰を意味した。

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デジタル大辞泉の解説

かい‐えき【改易】

[名](スル)
改めかえること。更新すること。
中世、罪科などによって所領・所職・役職を取り上げること。
江戸時代、士分以上に科した刑罰。武士の身分を剥奪(はくだつ)し、領地・家屋敷などを没収する刑。蟄居(ちっきょ)より重く、切腹より一段軽い。

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百科事典マイペディアの解説

改易【かいえき】

改易は本来は職務交替を表す語であったが,交替によって職を失う者に対して不利益処分となるところから,中世には懲罰的な意味をこめて所領・所職を取り上げることを意味した。
→関連項目磐城平藩椋橋荘慶安事件闕所大名徳川秀忠沼田藩磔茂左衛門武家諸法度宮津

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世界大百科事典 第2版の解説

かいえき【改易】

改易の起源は律令制にもとづく官職制度に求められ,ある職の現任者を変更して新任者を補任することをいったが,鎌倉・室町時代においても,守護・地頭の変更を改易といい,そこには懲罰的な意味が含まれていた。しかし,改易という言葉が盛んに用いられたのは江戸時代,とくに徳川家康・秀忠・家光の初期3代将軍の間の大名改易である。当時改易とは,士分以上のものの籍を除いて,その知行,俸禄,家屋敷を没収することをいい,ほかに減封,転封,役儀召放などにも併用された。

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大辞林 第三版の解説

かいえき【改易】

( 名 ) スル
〔改め易える意〕
現任者を解職して新たな者を任ずること。中世以降、刑罰の一種と見なされるようになり、守護職・地頭職などの「職」の解任と所領の没収をいった。江戸時代には武士の所領や家禄・屋敷を没収し、士籍から除くことをいう。蟄居ちつきよより重く切腹よりは軽い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

改易
かいえき

本来は罪によって官職や身分を取り上げること。鎌倉時代には御家人(ごけにん)の地頭職(じとうしき)を奪うこと、江戸時代には士分以上のものの籍を除いて、知行(ちぎょう)・俸禄(ほうろく)・家屋敷を没収することをいい、ほかに減封、転封、役儀召放(やくぎめしはなち)などにも併用された。そのうち大名改易は江戸幕府の大名統制の基本をなすもので、世嗣(せいし)断絶、幕法違反をおもな理由とし、徳川家康・秀忠(ひでただ)・家光(いえみつ)の初期三代将軍によって強行された。その数は、関ヶ原の戦後処理後、外様(とざま)大名82名、徳川一門(親藩)・譜代(ふだい)大名49名、あわせて131名となり、没収総高は1214万8950石という膨大な額となる。こうして、改易は大名転封(国替(くにがえ))を促進するとともに、諸大名に絶対優位する将軍権力確立の要因となった。外様大名中心の大名改易は4代家綱(いえつな)のころより変化し、5代綱吉(つなよし)の時代は徳川一門・譜代大名中心の改易に移行するが、これを境に改易は減少し幕末に至った。[藤野 保]

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世界大百科事典内の改易の言及

【大名】より

…織豊大名は織豊両氏の家臣から近世大名に取り立てられたもの。丹羽,前田,藤堂,仙石,池田(岡山,鳥取),浅野,蜂須賀,山内,黒田,有馬,細川氏らで(福島,加藤,京極,生駒氏らは改易(かいえき)),北陸,中国,四国,九州に多い。徳川系大名は徳川氏の一門,家臣から近世大名に取り立てられたもので,さらに親藩譜代大名に分かれる。…

【天和の治】より

…これと並行して,前代に未解決であった越後高田藩の御家騒動(越後騒動)を親裁し,親藩筆頭の越後松平家を取りつぶしたのに引き続き,幕臣に対し仮借なく賞罰厳明の方策を励行した。そのため改易・減封処分を受けた大名は46家,旗本は100家余に達し,免職等の処罰もおびただしい数にのぼる。その発想は綱吉が幼少から愛好した儒学の理念に基づくのであろうが,とくにその対象が譜代層に向いており,幕政上伝統的に勢力を張ってきた譜代層を畏伏せしめ,将軍の権威を絶大にしようとする政治的意図がここに認められる。…

【召放】より

…鎌倉時代以降,おもに武士に対して行われた刑罰の一種。鎌倉幕府法では,召放はもっぱら所領(所帯)の没収を意味し,所領を召す,あるいは収公,改易とも称せられた。鎌倉時代には武士の所職と所領は不可分の関係にあり,所領の没収は武士に対する刑の根幹として広く行われた。…

【浪人(牢人)】より

…主家を持たない武士。江戸時代における浪人発生の最大の要因は,幕府による大名の改易,減封にあった。関ヶ原の戦や大坂の陣で敗者となり,また幕府の忌諱(きい)に触れ,幕法に違反し,あるいは世嗣の断絶などによって,徳川家康・秀忠・家光の3代,すなわち幕初の50年間に改易,減封となった大名は,実に217家,石高にして875万石余にのぼり,家光の晩年の1650年(慶安3)までに40万もしくは50万の浪人が発生したと推定されている。…

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