三田てる(読み)ミタ テル

20世紀日本人名事典 「三田てる」の解説

三田 てる
ミタ テル

明治〜昭和期の教育者 岩手女子高等学校名誉校長



生年
明治5年(1872年)

没年
昭和29(1954)年

出身地
岩手県盛岡市

旧姓(旧名)
小泉

学歴〔年〕
東京高等女学校,東京女子高等師範学校高等師範学科〔明治28年〕卒

主な受賞名〔年〕
勲六等

経歴
県立盛岡高女、私立東北高等女学校の教師を務める。明治36年医師・三田俊次郎と結婚。大正10年盛岡実科高等女学校(現・岩手女子高)を創立し校長。夫の死後、岩手済生医会理事長代理、岩手女子高等学校名誉校長を務めるなど、女子教育の先駆者として活躍した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三田てる」の解説

三田てる みた-てる

1872-1954 明治-昭和時代の教育者。
明治5年9月21日生まれ。三田俊次郎の妻。盛岡高女,東北高女の教師となり,明治36年結婚。大正10年夫とともに盛岡実科高女(現岩手女子高)を創設し校長。のち盛岡女子技芸学校を併設した。夫の死後は岩手済生医会理事長代理などをつとめた。昭和29年2月12日死去。81歳。岩手県出身。女子高等師範卒。旧姓は小泉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android