三田功運町(読み)みたこううんちよう

日本歴史地名大系 「三田功運町」の解説

三田功運町
みたこううんちよう

[現在地名]港区三田みた四丁目

明治二年(一八六九)三田功運寺みたこううんじ門前の一部を改称して成立。同五年ひじり坂東側の旧武家地と背後南西にあたる功運寺の寺地を合併。三田台に続く南西は高く、北東に向かって低くなる地勢。曹洞宗功運寺は同寺二代慶存が天正一八年(一五九〇)の徳川家康関東入国に従い、慶長六年(一六〇一)桜田さくらだに寺地を与えられ功運寺と号した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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