上半田川村(読み)かみはだがわむら

日本歴史地名大系 「上半田川村」の解説

上半田川村
かみはだがわむら

[現在地名]瀬戸市上半田川町

上品野かみしなの村の北にあり、北は笠原かさはら(現岐阜県土岐郡)と接する。北と東は標高三五〇メートル級の山に囲まれている。織田信雄分限帳に「弐百五十貫文 はた(半田)川 しら(白)岩ノ郷 かたくさ(片草) 知行 赤座新兵衛」とみえる「はた川」は上半田川のことであろうか。川原左太夫は慶長一一年(一六〇六)松平忠吉から上半田川村の内に一一石五斗余を宛行われている(連城亭随筆)。寛文一一年(一六七一)の家数一九、男五二・女五〇(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田は一六町八反三畝弱、畑は三町二反七畝余で、概高二五四石余のうち二二九石余が藩士二人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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