上原多市(読み)うえはら たいち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上原多市」の解説

上原多市 うえはら-たいち

1883-1916 明治-大正時代大陸浪人
明治16年9月生まれ。清(しん)(中国)の保定将弁学堂(将校養成所)を卒業し,明治39年日野強(つとむ)と中央アジアを旅行。伊犁(イリ)(新疆(しんきょう)ウイグル自治区)の武備学堂の総教頭となる。44年単身ロシア領にはいり,タシケントで軍事探偵として投獄され大正2年釈放。大正5年9月死去。34歳。山口県出身。萩中学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む