支那浪人ともいう。明治初年から日中戦争の敗戦までの時期に,中国を中心とする大陸各地に居住・放浪して,種々の画策を行った日本人の一群をさす。彼らの行動は多様で,侵略的友好的とを問わずある政治的理想を抱いている者もいたが,当時のニュアンスでは,アジアにおける日本の強国化を念願とし,対外政策の形成と遂行に寄与したいとの自負を抱いて私的に活動する人々,という意味あいであった。〈浪人〉の側面を強調すれば国家意識の薄い利権屋やごろつきを含む反面,官吏,軍人,一般居留民のような有職者は除外される。しかしこれらの人々も一部は公務や定職のほかに裏面的策動を行っているから,職業からただちに大陸浪人と区別することも実情に合わない。ここでは前記のような志を持った非公式な活動家をすべて大陸浪人と呼んでおくことにする。
明治維新後,不平士族や冒険的企業家などが中国に渡航したが,大陸浪人の原型はこの中から発生したと思われる。彼らは開港場の日本人商店などを足場に,中国各地の風俗習慣や政治・経済事情を探索するようになり,軍部の直接・間接の後援で兵要地誌の調査にも従った。当時の中国は地域ごとに大きな相違と閉鎖性があったため,地域経済圏ごとに情報を収集する必要があったのである。玄洋社,黒竜会,東亜同文会といった国家主義,アジア主義団体とつながりを持つものが多かったが,清朝の外国人に対する厳しい規制をかいくぐる中から,中国語や社会慣習に通じたいわゆる〈支那通〉も生まれ,日清戦争,日露戦争では通訳,諜報,破壊活動などに大陸浪人が大きな力を発揮している。辛亥革命後は中国の政府機関,軍閥などの顧問をつとめるものもあらわれ,時代が下るにつれてその役割も多様化し,政府や各官庁,軍,政党,企業など特定の資金源を背景に,情報収集,利権の獲得に活躍した。とくに陸軍の各特務機関は大陸浪人を駆使して諜報と謀略をさかんに行い,また日本の大陸経営の根幹である南満州鉄道株式会社(満鉄)も多くの大陸浪人を擁していた。しかし中国の国民革命が進展し,軍閥割拠が打破されてからは,活動の余地と必然性がせばまった。とくに満州事変以後日中戦争期にかけての日本の対中政策は,占領地に傀儡(かいらい)政権を樹立し,これに日本の行政官庁が直接官吏や顧問を派遣する形になったため,大陸浪人もその体制の中に吸収されていった。
大陸浪人は,近代の不平等な日中関係と日本の中国支配政策とが生み出した,在外邦人の特異な存在形態だったといえる。その言動がつねに青少年のロマンティシズム,エキゾティシズムをかきたて,大陸雄飛,ひいては中国蔑視の観念を鼓吹したという精神史的側面も見のがせない。岸田吟香,荒尾精,石光真清,横川省三,小日向白朗などはさしずめ以上のような意味での大陸浪人の代表例であろう。
執筆者:岡部 牧夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
日本のアジア政策の一翼を担う自負のもとに、中国、朝鮮などに居住、放浪した民間の国家主義者、大アジア主義者の俗称。支那(しな)浪人ともいった。明治前期、国外に目を向けた不平士族らの一群、たとえば玄洋社系の浪士らがその起源といえよう。在外日本人商店などを拠点として各地の民情、政情を探り、やがて軍部と結んで兵要地誌の調査などにも貢献した。日清(にっしん)・日露戦争では多くの大陸浪人が通訳や軍事探偵として活躍した。日本の帝国主義的対外政策が確立するにつれ、大陸浪人の活動の余地は全体としては狭まったが、中国の革命派に接近して初期の辛亥(しんがい)革命に参画し、のちに日本の政治家と革命派、軍閥とのパイプ役になったり、軍、官庁、政党、企業などから資金を得て、情報の提供や各種の裏面工作を行ったり、一種の専門化が進んだ。彼らはしばしば大言壮語し、冒険小説の主人公にも似たかっこうで、青少年に国家主義や大陸雄飛の観念を鼓吹した。1945年(昭和20)日本の敗戦と植民地・在外権益の喪失で、大陸浪人は存在の条件を失った。岸田吟香(ぎんこう)、荒尾精(あらおせい)、石光真清(いしみつまきよ)、宮崎滔天(とうてん)、西原亀三(かめぞう)らはとくに有名である。
[岡部牧夫]
『竹内好編『現代日本思想大系9 アジア主義』(1963・筑摩書房)』▽『橋川文三他著『日本の国士』(1982・有斐閣新書)』
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