上嘉瀬村(読み)かみかせむら

日本歴史地名大系 「上嘉瀬村」の解説

上嘉瀬村
かみかせむら

[現在地名]佐賀市嘉瀬町かせまち大字中原なかばるのうち東原ひがしばる天草江あまくさえ嘉瀬津かせつ

荻野おぎの村の南。文化一四年(一八一七)の郷村帳によると東原村・天草江村・嘉瀬津を含む。正応五年(一二九二)の「惣田数注文」(河上神社文書)に「賀世庄」とあり、慶長絵図には「加世村」とあるが嘉瀬郷全体をさすものと考えられる。正保絵図に上・下の「賀瀬村」がある。

近世初期には多久家の配分地であったが、元和七年(一六二一)佐賀本藩に上地されて蔵入地となった。ただし東原は久保田くぼたの村田家の知行地であったが、同家は知行地のいわゆる三部上地(三割を本藩へ献上)を免除されたのでそのまま残された。村田家に東原から納めた地米(年貢)は二〇六石一斗四升(嘉永六年写の大小配分石高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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