日本歴史地名大系 「上嘉瀬村」の解説
上嘉瀬村
かみかせむら
[現在地名]佐賀市嘉瀬町 大字中原 のうち東原 ・天草江 ・嘉瀬津
近世初期には多久家の配分地であったが、元和七年(一六二一)佐賀本藩に上地されて蔵入地となった。ただし東原は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世初期には多久家の配分地であったが、元和七年(一六二一)佐賀本藩に上地されて蔵入地となった。ただし東原は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...