上城野村(読み)かみじようのむら

日本歴史地名大系 「上城野村」の解説

上城野村
かみじようのむら

[現在地名]小倉南区城野一―四丁目・重住(しげずみ)一―二丁目・春(はる)ヶ丘(おか)・若園(わかぞの)一―四丁目・富士見(ふじみ)一―三丁目、小倉北区重住三丁目・若富士町(わかふじちよう)・高坊(たかぼう)一―三丁目

下城野村の東にある。秋月街道が通る。日帳(永青文庫)の寛永五年(一六二八)三月一九日条に上城野とみえる。郷村高帳では高四一九石余、うち新田高六石余。幕末の各村覚書では本高四四三石余、田二二町七反余・畠二五町七反余、物成一八七石余、竈数四〇・家数九八・人数一五六、牛二三・馬四、若宮・水神森・貴布禰(きふね)森など。旧高旧領取調帳では高四一七石余。明治二〇年(一八八七)下城野村・水町(みずまち)村と合併して城野村となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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