日本歴史地名大系 「上堀金村」の解説
上堀金村
かみほりがねむら
[現在地名]堀金村大字烏川 上堀金
烏川扇状地の扇端に位置する。文献上の初見は明応一〇年(一五〇一)の三宮穂高社御造宮定日記(穂高神社蔵)で、「堀金」とある。上堀金村の初見は慶安四年(一六五一)の検地で、上・下に分村する。
現堀金小学校東の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
烏川扇状地の扇端に位置する。文献上の初見は明応一〇年(一五〇一)の三宮穂高社御造宮定日記(穂高神社蔵)で、「堀金」とある。上堀金村の初見は慶安四年(一六五一)の検地で、上・下に分村する。
現堀金小学校東の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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