上松浦(読み)かみまつら

日本歴史地名大系 「上松浦」の解説

上松浦
かみまつら

中世の松浦庄草野くさの庄の地域、つまり現在の東松浦郡と唐津市および伊万里市東部の地域を中世後期に上松浦と称した。

「海東諸国紀」に「源納、乙亥年遣使来朝、書称肥前州上松浦波多島源納、受図書約歳遣一二船、小二殿管下居波多島、人丁不十余」とある。このほか鴨打永・九沙島主藤源次郎・那護野宝泉寺源祐位・松浦丹後守源盛・神田能登守・佐志源次郎など上松浦住と称する武士も朝鮮国に約歳船を遣わしている。延文六年(一三六一)二月二二日の将軍家御教書(有浦家文書)に「上松浦人々中」とあり、同じく永徳二年(一三八二)一二月一一日の今川了俊の下文のあて先も「上松浦一族御中」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android