日本歴史地名大系 「上竹新田村」の解説 上竹新田村かみだけしんでんむら 岡山県:浅口郡金光町上竹新田村[現在地名]金光町上竹・下竹(しもだけ)・八重(やえ)寛文年間(一六六一―七三)に開発された上竹村地内の新田分が、同一二年岡山藩の鴨方藩分知のおり新村として成立したもので(撮要録)、村域は飛地状を呈していた。貞享元年(一六八四)の信州様御分知御見合帳に上竹村の内として高二二五石余があり、内訳は下竹村御免帳分三四石五斗余、道口(みちぐち)村御免帳分九六石八斗余、亀山(かめやま)村御免帳分六石四斗余、右三ヵ村の斗代上り八三石六斗余、天和三年(一六八三)の新開高三石九斗余。元禄郷帳に村名がみえる。寛文一二年以後鴨方藩領で幕末に至る(「備中村鑑」など)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報