上谷塚村(読み)かみやつかむら

日本歴史地名大系 「上谷塚村」の解説

上谷塚村
かみやつかむら

[現在地名]草加市谷塚上町やつかかみちよう

中谷塚村の西にあり、南は毛長けなが川を隔てて伊興いこう(現東京都足立区)。南部は毛長川自然堤防上に位置する。八つ塚の俚伝があり、古墳富貴ふつき塚も八つ塚の一つと伝える。足立郡谷古田やこだ領に属した(風土記稿)。田園簿では田一九〇石余・畑三三石余、ほかに野銭永三九六文。江戸期を通じ幕府領。寛文八年(一六六八)検地が施行された(風土記稿)。元禄八年(一六九五)にも検地があり、同一〇年の検地帳(細井家文書)では田二七町九反余・畑一三町三反余、屋敷二九筆・七反余、藪など計八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 廃絶 困窮 境内

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む