日本歴史地名大系 「上野仁王門前御家来屋敷」の解説 上野仁王門前御家来屋敷うえのにおうもんぜんごけらいやしき 東京都:台東区旧下谷区地区上野仁王門前御家来屋敷[現在地名]台東区上野(うえの)四丁目・上野公園(うえのこうえん)下谷広小路(上野広小路)の東西両側にあり、上野仁王門前町に南北を挟まれる。宝永七年(一七一〇)に初めて町屋ができ、それ以前は松並木であったという。同年以後東側には常憲院(五代将軍徳川綱吉)御霊屋掃除頭斎藤勘四郎ら、西側には東照宮御掃除頭大山茂十郎、大猷院(三代将軍徳川家光)御霊屋掃除頭原田十右衛門ら寛永寺関係の役人が住むようになった(文政町方書上)。町の規模は京間で東側は間口一一間余、東西奥行は南方一七間余・北方一八間、西側は間口二六間余、東西奥行は南方一五間余・北方一七間(御府内備考)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by