上野仁王門前町(読み)うえのにおうもんぜんちよう

日本歴史地名大系 「上野仁王門前町」の解説

上野仁王門前町
うえのにおうもんぜんちよう

[現在地名]台東区上野うえの四丁目・上野公園うえのこうえん

上野元黒門うえのもとくろもん町の北、下谷広小路(上野広小路)の東西両側にある。元禄一一年(一六九八)東叡山寛永寺の中堂建設の折、広小路三橋みはし内東側に町屋ができ、上野仁王門前町と称した。この町屋は同年九月六日の勅額火事で類焼して御用地になり松原になった。だが宝永七年(一七一〇)から広小路両側にしだいに拝領屋敷ができて仁王門前町が復活した。東は下谷町通、西は不忍しのばず池、北は東叡山内。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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