上野町代地(読み)うえのまちだいち

日本歴史地名大系 「上野町代地」の解説

上野町代地
うえのまちだいち

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ一丁目・神田花岡町かんだはなおかちよう

神田八軒かんだはちけん町の東に位置する片側町。北と東は同松永まつなが町、南は同相生あいおい(南側)、北は同町(北側)・同松永町。寛永二年(一六二五)の寛永寺創建にあたりしのぶヶ岡(現台東区)西麓にあった上野村収公され、南麓に代地を給されて上野町が起立した。延宝年間(一六七三―八一)一丁目と二丁目に分割。上野広小路の両側裏通りに一丁目飛地、通称五軒新屋敷があったが、元禄年間(一六八八―一七〇四)切地となって神田佐久間かんださくま町一丁目河岸通りに寄った西横町裏に替地を与えられ、上野町代地と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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