下小田町(読み)しもおだまち

日本歴史地名大系 「下小田町」の解説

下小田町
しもおだまち

[現在地名]江北町大字下小田

六角ろつかく川が北に大きく湾曲した北東部に位置する水田地帯にある。慶長絵図に「小田」とあり、正保絵図に「下小田村」とある。

有明海の海退によって開発された村で、奈良時代頃の陸化とみられ、標高四メートル前後の土地。江戸時代には佐賀藩領で、初めは東郷大庄屋の支配下におかれたが、享和元年(一八〇一)には大庄屋制を廃して、白石代官所が築切ついきり(現白石町)に設置されて、その管轄下に入った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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