下府所村(読み)しもふどころむら

日本歴史地名大系 「下府所村」の解説

下府所村
しもふどころむら

[現在地名]鹿沼市府所町ふどころちよう貝島町かいじままち上野町うわのまち府中町ふちゆうまち府所本町ふどころほんちよう

くろ川左岸に位置し、西は押原おしはら村、東は茂呂もろ村、南は上殿かみどの村。日光山往古社領六十六郷の一つに「苻所郷」がある(日光山常行三昧堂新造大過去帳)。至徳元年(一三八四)、苻所郷の農民たちは、日光常行じようぎよう堂修正会のための衣服料を全額未進した(同年八月一八日常行堂見衆等申状案)常行堂は、応永二一年(一四一四)一二月の大風により大破し、その修理に多額の経費を必要としていた。同郷にもその経費が賦課されることとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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