下座倉村(読み)しもざぐらむら

日本歴史地名大系 「下座倉村」の解説

下座倉村
しもざぐらむら

[現在地名]大野町下座倉

下有里しもありさと村の南に位置するが、同村との間に西座倉村(現安八郡神戸町)がある。応永一三年(一四〇六)七月七日、足利義満が京都等持とうじ院に寄進した勝鬘院・円照院の菩提料所に、美濃国座倉郷が充てられている(等持院常住記録)慶長郷帳に村名がみえ、高二二〇石余。慶長一五年(一六一〇)の徳川家康朱印状写(徳川林政史研究所蔵)によれば当村の二二〇石余が石河光忠(石河氏はのち尾張藩家老)に宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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