下曰佐村(読み)しもおさむら

日本歴史地名大系 「下曰佐村」の解説

下曰佐村
しもおさむら

[現在地名]南区曰佐一―二丁目・的場まとば一―二丁目・三宅みやけ三丁目・野多目のため一丁目・向新町むかいしんまち一―二丁目・老司ろうじ一丁目・横手よこて四丁目

横手村の南、那珂なか川流域にある。西は和田わだ村・野多目村。「和名抄」記載の那珂郡曰佐郷の遺称地とされる。小早川時代の指出前之帳では下曰佐村の田一三町四反余(分米一四六石余)・畠八町八反余(分大豆七〇石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高は六〇八石余(慶長石高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 的場 和田

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む