下曰佐村(読み)しもおさむら

日本歴史地名大系 「下曰佐村」の解説

下曰佐村
しもおさむら

[現在地名]南区曰佐一―二丁目・的場(まとば)一―二丁目・三宅(みやけ)三丁目・野多目(のため)一丁目・向新町(むかいしんまち)一―二丁目・老司(ろうじ)一丁目・横手(よこて)四丁目

横手村の南、那珂(なか)川流域にある。西は和田(わだ)村・野多目村。「和名抄」記載の那珂郡曰佐郷の遺称地とされる。小早川時代の指出前之帳では下曰佐村の田一三町四反余(分米一四六石余)・畠八町八反余(分大豆七〇石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高は六〇八石余(慶長石高帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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