下沖田村(読み)しもおきたむら

日本歴史地名大系 「下沖田村」の解説

下沖田村
しもおきたむら

[現在地名]三橋町起田(おきた)

木本(きのもと)村の北東にある。元和七年(一六二一)の郡村帳、元禄国絵図、天保郷帳には記載されない。元和七年の柳川領領地目録帳(立花家文書)には木本沖田村と吉(よし)ヶ江(え)(吉開)村沖田分が記されており、木本・吉開(よしがえ)両村が開発されて成立したとも考えられる。元和八年、臼杵与三左衛門尉(統勝)に吉開沖田村のうち一三〇石が宛行われた(「立花宗茂知行宛行状」柳河藩史五)。万治三年(一六六〇)の忠茂公御代之分限帳(渡辺家史料)によると大石津之助の知行地があった。安永七年(一七七八)の御領中村々神社覚(伝習館文庫)に下沖田村とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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