日本歴史地名大系 「下浜田村」の解説 下浜田村しもはまだむら 群馬県:太田市下浜田村[現在地名]太田市下浜田・庄屋町(しようやまち)・浜町(はまちよう)上浜田村の南方にあり、北西端を石田(いしだ)川支流蛇(へび)川が南流する。西は岩瀬川(いわせがわ)村、東は西矢島(にしやじま)村、北は太田町・新井(あらい)村。新田(につた)庄浜田郷の郷域で、戦国期に上下二つに分れ、天文二二年(一五五三)三月二四日の伝法灌頂記奥書(叡山文庫天海蔵)には「下浜田吉祥寺」とみえる。寛文郷帳では田方六八一石余・畑方四二三石余、館林藩領。天和二年(一六八二)の分郷配当帳では高二六六石余分が旗本小笠原領となり、元禄郷帳では旗本小出領などの三給。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by