下粟生津村(読み)しもあおうづむら

日本歴史地名大系 「下粟生津村」の解説

下粟生津村
しもあおうづむら

[現在地名]吉田町下粟生津

大田おおた村の南にあり、西は西にし川を境に溝古みぞこ新田・溝村、佐善さぜん(現分水町)に接する。寛文元年(一六六一)に粟生津村を分割して下粟生津村となり、江戸時代を通して長岡藩領であった(和田家文書)元禄郷帳の高一千一〇〇石一斗余で、宝暦三年(一七五三)の村々明細書上帳(和田家文書)によれば、肝煎一・百姓八五・名子二六である。文政一三年(一八三〇)の長岡領分高附録(長岡の歴史)では本与板組に属し、高一千三一六石七斗。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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