下谷仲御徒町四丁目(読み)したやなかおかちまちよんちようめ

日本歴史地名大系 「下谷仲御徒町四丁目」の解説

下谷仲御徒町四丁目
したやなかおかちまちよんちようめ

[現在地名]台東区上野うえの六丁目

明治五年(一八七二)起立。下谷仲御徒町三丁目の北に続く町で、東は和泉橋いずみばし通を隔てて下谷御徒町三丁目、西は上野町二丁目・下谷町一―二丁目、北は通りを隔てて上野山下うえのやました町・下谷車坂したやくるまざか町。江戸時代前期以降御徒組大縄地を主体とする武家地であった(正保江戸絵図など)。元文二年(一七三七)五月三日に神田相生かんだあいおい(現千代田区)から下谷金杉したやかなすぎ町まで延焼する火事があり、寛永寺本坊などが焼失(柳営日記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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