下赤工村(読み)しもあかだくみむら

日本歴史地名大系 「下赤工村」の解説

下赤工村
しもあかだくみむら

[現在地名]飯能市下赤工

上赤工村の東に位置する。江戸時代初期には上・下に分立していず、赤内匠あかだくみ村一村であった。元禄郷帳に下赤工村とみえ、高一五〇石余。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。延享三年―天保三年(一七四六―一八三二)間は三卿の一の田安領(「田安領知村高記」葛生家文書など)。「風土記稿」によれば民家入間いるま川に沿って点在し、その数五〇。小字に大沢おおさわがある。同書は雨乞場があったとし、「村ノ南ノ山上ニアリ、今ハ塚モナク唯塚ノシルシニ一株ノ杉アリ、旱年ニハ村民雨ヲ祈ル所ナリト云」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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