下高萩村(読み)しもたかはぎむら

日本歴史地名大系 「下高萩村」の解説

下高萩村
しもたかはぎむら

[現在地名]日高市高萩

高萩村の東にあり、東は笠幡(かさはた)村(現川越市)。小畔(こあぜ)川が東へ流れ、その南方を北東流してきた支流が東部で合流する。高麗(こま)郡川越領に属した(風土記稿)。宝永四年(一七〇七)に高萩村から分村した(天保五年「高萩村明細帳」武蔵国村明細帳集成)。だが天保郷帳に村名はみえない。前出高萩村明細帳によれば枝郷下高萩村は高七一石余、反別一九町七反余。延享三年(一七四六)から天保三年(一八三二)まで三卿の田安領(「田安領知村高記」葛生家文書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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