両堂村(読み)りようどうむら

日本歴史地名大系 「両堂村」の解説

両堂村
りようどうむら

[現在地名]北会津村古舘ふるだて

阿賀川西岸に位置し、北は柏原かしわばら村、南は下小松しもこまつ村。かつて村内に不動堂太子堂があったので二堂ふたつどうと称し、寛文年中(一六六一―七三)両堂村と改めたという(新編会津風土記)。不動堂の西に西堂さいどう寺跡があり、本尊聖徳太子像の背に延文二年(一三五七)三月一〇日の紀年銘があったというが、西堂寺は延宝三年(一六七五)廃絶し、のち太子像も焼失したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む