中内池(読み)なかうちいけ

日本歴史地名大系 「中内池」の解説

中内池
なかうちいけ

御牧みまきの東北にあった巨椋おぐら池のうちの一。巨椋池大内おおうち池・まる池・中内池・おお池などの池の総称で、中内池は、中央の大池とは豊臣秀吉による伏見城築城の際造られた東堤防(大池堤、古くは国役堤と称した)をもって、また南西大内池とは中堤防をもって境していた。

「京都府地誌」は明治一〇年代の様子を「東西二十五丁、南北五丁、周回一里三十四丁、巨椋池及ヒ宇治川ニ通ス、初肥美ノ田タリシヲ連年ノ水災ニヨリ遂ニ陥ツテ沼トナル、深処八九尺、当時魚鳥ノ捕猟場タリ」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大内 捕獲

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む