中品野村(読み)なかしなのむら

日本歴史地名大系 「中品野村」の解説

中品野村
なかしなのむら

[現在地名]瀬戸市中品野町・岩屋(いわや)町・鳥原(とりはら)町・井山(いやま)町

下品野(しもしなの)村から上品野村への街道が村の中心を東西に通り、耕地も下品野村から上品野村へつながっている。中世は科野(しなの)郷のうちであった。寛文一一年(一六七一)の家数三〇、男一〇一・女一〇三(寛文覚書)。「徇行記」によれば田は三〇町四反四畝弱、畑は七町四反五畝弱で、概高四九八石余のうち四四八石余が藩士一〇人の給知。村の中心を郷島(ごうじま)、川の北を川北島(かわきたじま)、南を清水垣外(しみずかいと)といい、支村に鳥原があった。「徇行記」に、「此村ニハ薪問屋アリ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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