中岡弥高(読み)ナカオカ ヤタカ

20世紀日本人名事典 「中岡弥高」の解説

中岡 弥高
ナカオカ ヤタカ

明治〜昭和期の陸軍中将 東京市議。



生年
明治15(1882)年1月1日

没年
昭和50(1975)年1月21日

出生地
東京

出身地
岡山県

学歴〔年〕
陸士〔明治34年〕卒,陸大〔大正1年〕卒

経歴
岡山藩士中岡黙の長男として東京で生まれ、岡山中学校を卒業。大正12年野戦重砲兵7連隊長、13年参謀本部戦史課長、15年東京警備参謀長を経て、昭和3年陸軍少将、駐仏大使館付武官となる。6年帰国し野戦重砲兵第1旅団長、7年下関要塞司令官などを歴任し、同年中将となる。8年砲工学校校長を務め、10年退役。12〜14年留守第16師団長に復帰する。17年東京市会議長を務め、岡山出身の岸本綾夫市長・大村清一助役の下で議会運営に当たった。著書に「軍内の閥と士風」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中岡弥高」の解説

中岡弥高 なかおか-やたか

1882-1975 明治-昭和時代前期の軍人
明治15年1月1日生まれ。東京警備参謀長,下関要塞司令官などをへて,昭和8年砲工学校校長。陸軍中将。17年東京市会議長をつとめた。昭和50年1月21日死去。93歳。東京出身。陸軍大学校卒。著作に「軍内の閥と士風」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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