中平塚村(読み)なかひらつかむら

日本歴史地名大系 「中平塚村」の解説

中平塚村
なかひらつかむら

[現在地名]上尾市平塚・平塚一―二丁目

上平塚村の南にある。承応三年(一六五四)平塚村が三村に分れて成立(弘化二年写「下平塚村記録之書出し覚」神田家文書)。足立郡上尾領に属する(風土記稿)。元禄七年(一六九四)の桶川町助郷帳(須田家文書)に中平塚村とあり、勤高一五五石。領主の変遷は上平塚村と同じ。ただし寛文五年(一六六五)の上尾宿助馬調(「絵図面村々高」田中家文書)にみえる岩槻藩領の平塚村は当村をさすとみられ、勤高一五五石余・役家七軒となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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