20世紀日本人名事典 「中村治朗」の解説 中村 治朗ナカムラ ジロウ 昭和・平成期の弁護士 元・最高裁判事。 生年大正3(1914)年2月20日 没年平成5(1993)年8月24日 出身地香川県高松市 学歴〔年〕東京帝大法学部〔昭和14年〕卒 主な受賞名〔年〕勲一等瑞宝章〔昭和61年〕 経歴昭和15年判事となり、最高裁民事局長、行政局長、46年東京高裁判事、53年最高裁判事を歴任。59年退官、弁護士に。最高裁判事として、大阪空港騒音公害訴訟大法廷判決(56年)では夜間離着陸差し止めの訴えを却下した多数意見を厳しく批判する反対意見を表明したほか、長沼ナイキ基地訴訟判決(57年)、大東水害訴訟判決(59年)などに関与した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中村治朗」の解説 中村治朗 なかむら-じろう 1914-1993 昭和-平成時代の裁判官,弁護士。大正3年2月20日生まれ。昭和15年裁判官となる。46年東京高裁判事のとき青年法律家協会を批判。53年最高裁判事。56年大阪空港騒音公害訴訟の判決で,夜間離着陸差し止めの訴えを却下した多数意見に反対した。59年弁護士を開業。平成5年8月24日死去。79歳。香川県出身。東京帝大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by