中渡城跡(読み)なかとじようあと

日本歴史地名大系 「中渡城跡」の解説

中渡城跡
なかとじようあと

[現在地名]吉海町椋名

来島くるしま海峡にある標高六四メートル、東西およそ二八〇メートルの島。仲渡・中途・鳴可図・鳴可などとも書く。隣島の武志むし(務司島)と並んで、能島村上氏の有力な海賊城であった。天文一五年(一五四六)八月、当時、周防大内氏の麾下にあった白井・能美両水軍の攻撃を受けている。大内氏奉行人連署奉書(山野井家文書)に次のごとくみえる。

<資料は省略されています>

同じ日付で、白井縫殿助宛ほぼ同じ内容の感状が出されている(白井文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

苦肉の策

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android