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中邑阿契 なかむら あけい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中邑阿契 なかむら-あけい

?-? 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)作者,歌舞伎作者。
安田蛙文(あぶん)の門人。延享4年(1747)はじめて大坂豊竹座で「悪源太平治合戦」を浅田一鳥らと合作する。一時竹本座に転じるが,宝暦7年豊竹座にもどる。ほとんどは合作だが,単独の作に「四天王寺伶人(れいじん)桜」がある。前名は安田蛙桂(あけい),安田閏助(じゅんすけ),中邑閏助。別名に安田阿契,中村阿契。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中邑阿契

生年:生没年不詳
江戸中期,上方の浄瑠璃,歌舞伎狂言作者。宝暦明和年間(1751~72)に,初めは中邑閏助,のちに阿契と改め,豊竹,竹本両座の浄瑠璃作者として「祇園祭礼信仰記」「嬢景清八嶋日記」など多数の作品にたずさわったが,単独作は「四天王寺伶人桜」のみである。安永年間(1772~81)には大坂角の芝居小川座の歌舞伎に合作者として勤めた。なお,一時豊竹座で安田蛙桂と名乗ったのも,また北堀江豊竹座に所属したことのある安田阿契も同一人物であろう。安田蛙文との師系は当然考えられる。同時代の戯作『穴意探』に「中邑阿契和尚はほまれある事,人の知る所,信長記(「祇園祭礼信仰記」)にて紫衣をゆるされ,愛護の道行(「愛護稚名歌勝鬨」)にて官位にすゝむ」と評されている。没年は不詳であるが,九州出身の浄瑠璃作者福松藤助の『浪華日記行』によれば,安永9(1780)年10月には,「最早七十以上の大病」であった。<参考文献>井口洋「道頓堀の作者たち」(大谷篤蔵編『近世大阪芸文叢談』)

(井口洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の中邑阿契の言及

【祇園祭礼信仰記】より

…5段。中邑阿契(なかむらあけい)・豊竹応律・黒蔵主・三津飲子・浅田一鳥による合作。1757年(宝暦7)12月5日から大坂豊竹座で初演。…

【祇園女御九重錦】より

…5段。若竹笛躬(ふえみ)・中邑阿契(なかむらあけい)の合作。1760年(宝暦10)12月大坂豊竹座初演。…

【天満宮菜種御供】より

…外題脇に記す,菅原道真の〈八百七十五年忌〉に当たる1777年(安永6)4月,大坂小川吉太郎座(角の芝居)初演。並木五瓶,中邑阿契,辰岡万作ほかの作。配役は菅丞相・武部源蔵を初世尾上菊五郎,伯母覚寿・左大臣時平を初世嵐雛助,土師ノ兵衛・白太夫・法性坊・紀ノ長谷雄を初世三枡大五郎,宿禰太郎・舎人造酒王丸を小川吉太郎,松月尼・腰元十六夜・源蔵女房戸浪を初世沢村国太郎,斎世親王を沢村千鳥,判官代輝国を藤川柳蔵,蘭の中将・春藤玄蕃を三枡松五郎,三善清貫・白太夫伜荒藤太を2世三枡他人,左中弁希世を坂東岩五郎,白太夫娘小磯・紅梅姫を山科甚吉,宿禰女房小桜・長谷雄女房渚を初世三枡徳治郎,菅秀才を尾上丑之助など。…

【嬢景清八島日記】より

…通称《日向島》《盲景清》。若竹笛躬(ふえみ),黒蔵主(こくぞうす),中邑阿契(なかむらあけい)合作。1764年(明和1)10月大坂豊竹座初演。…

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